2026.09.27
災害ボランティアに参加しました@熊本県八代市

災害ボランティアに参加しました@熊本県八代市
はじめに
令和8年9月15日から4日間。熊本県八代市で災害ボランティアに参加しました。人生初のボランティア。ひとりで参加したので不安もありましたが、結果、日常では味わうことが難しい感動の連続で、おもいきって参加して本当に良かったと思えました。そこで、私が体験してきたことを皆さんにお伝えすることで、ボランティアへのハードルが低くなり、ひとりでも多くの方の参加につながってくれたら嬉しいと思い、自分の言葉(AIには頼らず)で体験記を書いてみることにしました。
なぜ、災害ボランティアに行こうと思ったのか
積水ハウスに勤めている頃「1軒の家が大地震に遭遇するのは80年に1回。2回遭遇することはまずないので、これを前提に耐震性を設計している。」たしかこう教わったと思います。ところが、令和8年熊本地震はその前提を打ち破る、わずか10年で2回目の大地震。私の中に衝撃が走り、住まいを生業にしている者として「いったい現地はどうなってしまっているのか?この目で見たい、そして何かできることをしたい。」この想いが芽生えたからです。
お伝えしたい2つのこと
これから2つに分けて書いていきます。
「楽しい」という言葉を使うのは不謹慎かもしれませんが、実際、私はその楽しさを実感しましたので、敢えてこの言葉を使わせてもらいます。
① ボランティアの楽しさと脳のリフレッシュ
② 実践編!事前準備や当日の流れ
まずは①でボランティアの楽しさを知っていただきたいと思います。私の実体験をお伝えすることで、きっと興味を持っていただけるはずです。思わぬ体調の変化も感じられました。
それから②に進んでください。特に女性は、私にできるのか?不安に感じる方も多いと思います。でも、大丈夫です!たくさんの女性が参加していました。出会った人は高校生から最高齢は77歳、間口はとても広いので安心です。②では一連の流れをわかりやすくお伝えします。
それではスタートします。
①ボランティアの楽しさと脳のリフレッシュ
依頼者との出会い・参加者との出会い
そもそも災害ボランティアとはどんな仕事をするかと言うと、解体工事や専門的な作業が必要なものはなく、一般人が普通にできる災害ゴミの搬出と処分場への運搬がほとんどです。依頼者は高齢者が中心で、私が行った先は70代~90代おばあちゃんの一人暮らしでした。
一方、参加者は前述の通り幅が広く、ハッキリ言ってしまうと、ちょっと面白い人ばかりでした!例えると、「2人で飲みに行っても話題が尽きることが無いタイプの人」という感じです笑
この、依頼者と参加者との出会いがボランティアの楽しさです。4日間に出会った人について具体的に書いていきます。
1日目
【依頼者との出会い】
依頼者は80代おばあちゃんの一人暮らしでした。建物は木造2階建、外観は被害の様子は無く、事前の情報では建物に傾きもないようです。
ちょうど娘さんが来ており、災害ゴミが綺麗にまとめられ、あっという間に軽トラックに積み終え、ものの30分で作業が終了してしまいました。ゴミの内容も本当に災害ゴミ?という感じで、便乗ゴミ処分を疑わせる内容でした。しょっぱなから、こんなものなのか?拍子抜けする感じでした。
午前中で終わってしまったのでボランティアセンターに戻り、午後から別の仕事がないかを確認したところ、今日中に終わるか微妙な現場に助っ人に行くことになりました。
敷地内には2棟の建物があり、1棟は古く、おそらく戦後間もなく建てられた、重そうな和瓦がのっている木造2階建で、完全に傾いています。もう1棟は後から建てられたと思われる木造2階建で、もう1棟ほどではないものの、傾きを感じられました。古い方は室内に入るのも危険な状態だったので立ち入り禁止。もう1棟の建物内にある家具等の搬出がメインの仕事でした。
たくさんの壊れた家具を運んでいると、先が尖っていたり、釘が飛び出たりしていて、何度か手に刺さりましたが、厚手の手袋をしていて助かりました。また、暑さが堪えましたが、怪我をしないように上着は長袖が必須です。メンバーの中にベテランが居て、軽トラックに積んだ家具が倒れないようにロープで留めるのですが、その結び方を教えてくれました。ここで覚えたことで、翌日以降におおいに活かされました。
依頼者の70代の素敵なおばあちゃんは凛としていましたが、時より見せる寂しそうな顔に、かける言葉もみつかりませんでした。仕事が終わり「スッキリしました。ありがとうございました。」と深々とお辞儀をするおばあちゃんの姿に、日頃のストレスや肩凝りがどこかに飛んでいってしまう感じがしました。
【参加者との出会い】
参加者との出会いは一緒に軽トラックに乗った30歳位の好青年、午前も午後も一緒に行動しました。佐賀県出身で福岡に家があるそうですが、仕事はオンラインでできるプログラマー、今は転職までの有給消化期間だそうです。
50万円で買ったトヨタのタウンエースを、後部座席をDIYでベッドにし、ミニキッチンや太陽光パネルを乗せて、全国を旅しているそうです。弊社にもリノベーションしたハイエースがあるので、似た者同士という感じでした。
(彼のタウンエース)
(弊社のハイエース)
既に47都道府県を制覇、趣味の山登りも100名山の内40くらいに登り、富士山にも登ったそうです。災害ボランティアは初めてで、今日明日の2日間参加し、道の駅で車中泊をするそうです。参加者がもらえる無料温泉チケットを嬉しそうにもらっていました。彼とのトークは本当に盛り上がり、熊本の美味しいお店情報や阿蘇の見どころなどを教わり、私は横浜の魅力を伝えました。
(彼に教わった九州オリジナルアイス!)
2日目
【依頼者との出会い】
依頼者は70代のおばあちゃん。木造2階建の昔ながらのいわゆる豪邸に一人暮らし。敷地内にはRC2階建のアパートもあり、今はそのひと部屋に暮らしているそうです。というのも、パっと見の豪邸は、瓦は一部落ちているものの、それ以外の被害は無さそうです。しかし、家の中に入ってビックリしました。
通し柱は5寸ほどもある太いもの、梁は丸太が使われており、本当に堅牢にもかかわらず、よく見ると、雨漏れの跡があり、壁には大きなクラックがたくさん、家自体も傾いていました。もし「この家をリノベーションして欲しい」と頼まれても、恐らく建て替えを勧めるであろう状態でした。
見たことがないような立派な床柱のある書院造りの和室8帖二間続き、その南側は1間半もある廊下、その南側はすべて窓。さらに引き違い戸の南玄関のため、南面には壁がほとんどありません。典型的な旧耐震の間取りがこうさせたのでしょう。
搬出する物のほとんどは落ちた瓦と外壁で、10人で丸一日かかる内容でした。お昼休みはその建物内で過ごしましたが、和室の鴨居に飾ってある数枚のご先祖様の写真を見て、何とも言えない気持ちになりました。おばあちゃんはこの先、この建物をどうするのか?話をしたかったですが、さすがにこれはNG行為と言われていましたので叶いませんでしたが、前に向かって進んでいこうとする感じが伝わってくるおばあちゃんでした。
【参加者との出会い】
参加者は熊本学園大学の学生7名と付き添いの先生2名でした。学生は軽トラックの運転が難しいので、運転ができる誰かひとりがこのチームに入って欲しいとのことでしたので、私が手を挙げました。学生7名の内、なんと女性が6名でした。女性の方がボランティアの意識が高いと、付き添いの先生が言っていました。私が気になって仕方なかったのは1人で参加している男性で、声を掛けて軽トラックに乗せ、処分場までの2往復、色々と話をしました。
彼は大学1年生、熊本市内の出身で、サークルには入らずバイト三昧の生活を送っていると、熊本らしい独特のイントネーションで話してくれました。これから色々と旅をしたいと言うので、日本や世界のお勧めスポットを教えてあげました。そのリアクションが素直で、本当に真っすぐ育ってきているなと感じられました。すっかり仲良くなった頃、彼はこんな事を言いました。
「僕、夢があるんです」
「なになに?」
「僕、〇〇〇になりたいんです!」
最高です!新鮮すぎます!久しぶりに夢の話を聞きました。私の55年使い続けて少し疲れた脳は、スッカリ元気を取り戻し、もう嬉しくて嬉しくて、この子のことが大好きになってしまいました笑
若い人達からたくさんのパワーをもらうことができ、疲れなど全く感じない、最高の一日になりました。夢を叶えてね!陰ながら応援しています。
(熊本学園大学のFacebook)
3日目
【依頼者との出会い】
八代市の中心付近の大きな敷地に4棟の建物が建っており、内1棟の木造2階建に住む92歳のおばちゃんと、別棟に住むおばあちゃんの親戚の50代くらいの女性が依頼者でした。落ちた外壁や割れた茶碗、壊れた冷蔵庫など、軽トラック2往復でようやく搬出できる量でした。この日は3か所ある処分場の1か所が休みのため、2か所の処分場は混雑していて軽トラックの渋滞ができており、30分以上も待つことになりました。そのため、空いていれば午前で終わるような仕事でしたが、午後までかかってしまいました。
おばあちゃんは避難所で生活していたそうですが、床が固く、腰の骨が折れてしまったそうです。そのため、一日も早く家に戻りたく、なんとか帰って来られたと仰っていました。今は、自然治癒を待っているそうで、地震の直接の被害だけでなく、こういう体へのダメージもあることを知りました。
【参加者との出会い】
これには本当にビックリでしたが、一緒になった女性は、私の父が亡くなり、娘が誕生した、我が家の近くの病院で看護士をしていたそうです。産まれが氷川町で、今は八代市や氷川町などでボランティアをする毎日だそうです。自宅は震源地の近くにアパートを借りているそうで、それが積水ハウスのシャーメゾンとのこと!まさか地元の人から生の声が聞けるとは思っていなかったので、本当に幸運でした。
積水ハウスの家は震度7で倒れることはまずありませんが、地盤が大きくズレた場合はこの限りではありません。実際、10年前の熊本地震の積水ハウスのレポートでは全壊半壊はゼロ。ただし、地盤のズレや津波による被害を「除く」と書かれています。
この方が住んでいたシャーメゾンは、活断層の近くということもあり、大きな縦揺れが長く続き、2階のトイレの便器が外れて汚水が漏れ出し、ユニットバスの浴槽が飛び出してしまうなど、とても住める状態ではなくなったそうです。実際に写真を見せてもらいましたが、本当にその通りでした。
情報として表に出てくることは無い、実際の状況を知ることができました。そこで、あらためて私達の仕事の責任の重さを実感せずにはいられませんでした。もし私達が勧めた住まいがこうなってしまったら、耐震性をどんなにアップしても、地盤がこうなってしまってはどうすることもできません。立地選びについて、もう一度きちんと整理をする必要があると痛感させられました。
(有佐駅前の自転車置き場と積水ハウスの2階建)
倒壊した民家の写真を撮るのは控えましたが、ここは自転車置き場と聞き、撮影をさせていただきました。
4日目
【依頼者との出会い】
日本三大急流の「球磨川」と「前川」に挟まれた中州である麦島地区に建つ、新耐震基準と思われる木造2階建に住む80代のおばあちゃんでした。中州ということもあり、道路の状態がひどかったです。いまだに通行止めの箇所もあり、通れるところもガタガタ。ほとんどのマンホールは隆起し、慎重な運転が求められました。
建物の被害はほとんど無かったようですが、災害ゴミが軽トラック1台分ありました。横浜から来たと伝えたところビックリされて、釣りが趣味の息子さんの話や、ドデカい魚拓を見せてくれたりと、わずかな時間ではありましたが楽しい時間を共にすることができました。優しい笑顔がかわいらしいおばあちゃんで、別れ際に「おかあさん お元気でね」と伝えたところ、少しウルっとされていました。4日目にもなると、自然とこういう言葉をかけられるようになっていました。
午前で終わったので、初日と同様に志願して午後の仕事に行きました。この日はボランティアの数が足りておらず、本来は4人で行くはずの現場に3人で行くとのことだったので、そこに加わることにしました。
依頼者は木造平屋建に住む80代のおばあちゃん一人暮らしで、地震で倒れたタンスが未だに元に戻っておらず、そのままになっていました。聞くことはできませんでしたが、きっと手伝ってくれる身内が居ないのだと思います。もの凄く切ない気持ちになりました。
ダイニングの入口引戸の床にほうきの柄のようなものが置いてあり、何かな?と思っていたところ、タンスを運び出す時にそれを移動させてビックリ。自動ドアのように勝手に閉まってしまうので、開けっ放しにするために柄で止めていたのです。家が傾いていることはわかっていましたが、こういうシーンを目の当たりにすると衝撃が走ります。依頼内容にはなかったタンス上の突っ張り棒の設置もやって差し上げました。
近所の家は何件も倒れていて、被害の大きいエリアでした。帰りがけにおばあちゃんは「家が残って、自宅に住めているだけでも感謝しないといけないです」小さな声で仰っていました。
【参加者との出会い】
午前中は77歳の男性と一緒でした。キャンピングカーのような軽自動車を買って、3泊4日で東京から来たそうです。自転車で日本一周をしたこともあるそうで、フットワークが軽く、77歳とは思えない、積んでいるエンジンが違う感じがしました。出身が金沢で私の両親と同じということもあり、懐かしい話もできて嬉しかったです。
午後は4人チームで、熊本在住の高校生の息子さんとそのお母さん。初めてのボランティアだそうで、息子さんに体験させることが目的のようでした。もう一人がまたまたビックリ。横浜市中区出身の男性でした。高校まで横浜で暮らし、都会がイマイチ肌に合わなかったそうで、福岡で就職をしたそうです。それでもしっくりこず、大学に行き直し、なんと神主をしているそうです。鹿児島の神社にお勤めで、週に1回ペースでボランティアに来ているとのことでした。この方も今年、富士山に登ったそうで、ボランティアに来る人は本当にアグレッシブな方ばかりだとわかりました。
普段の暮らしでは絶対に出会うことが無い人達と話をすることができ、本当に楽しい時間を過ごすことができました。
ヘルパーズ・ハイ
この言葉をご存じでしょうか?利他行動によって脳にもたらされるポジティブな状態のことで、ドーパミンやオキシトシンなどの脳内物質が分泌され、心が満たされ穏やかな幸福感と活力が湧いてくることを言います。
私はボランティアとは、「心」「お金」「時間」に余裕がある人が行うものと勘違いしていましたが、たしかにそういう人も居るでしょうが、むしろ逆で、「ちょっとツライ時」などに参加すると効果的だと感じました。脳のリフレッシュと表現することにしますが、まさにこれを実感することができ、本当に気持ちの良い時間になりました。
話は少し変わりますが、最後に「家」に関わることを2つ書きます。
インスタントハウス
今は災害ゴミの処分場になっている八代市の施設にインスタントハウスが展示されていました。直径5m、約20㎡(12帖)のお部屋になっていて、エアコンも設置されています。これが、何件もの家の庭先に設置されていました。

調べると、数時間で設置ができ、費用は100万円未満のようです。「傾いた家で眠るのはどうにも落ち着かないが、避難所はもっと落ち着かない。なんとか水回りは使えるから、眠る時だけインスタントハウスで」というニーズを満たしているようです。移動や再利用も可能で、これは画期的な建物だと感心しました。
倒壊していた家の特徴
倒れている家をたくさん見ましたが、ある程度の傾向を感じられましたので、きちんとした調査・分析ではありませんが、参考程度に記します。
〇平屋も2階建も、南側のほとんどが窓で、かつ、鬼瓦がのっているような重たい屋根の場合、ねじれるように、斜めに倒壊していました。
〇増築された建物で、増築部分が2階建、古い建物が平屋建というケースを多く目にしましたが、ことごとく平屋部分が倒壊していました。
〇1階が鉄骨のピロティの2階建を2件ほど見ましたが、真下方向に潰れていました。
〇鉄筋が一部しか入っていないようなコンクリートブロックは、軒並み崩れていました。
①は以上です。お世話になった皆様、本当にありがとうございました。
ここから先は実践編!実際にボランティアに行く際の準備等について書いていきます。
②実践編!事前準備や当日の流れ
出発前
9月10日(木)のお昼頃「来週なら仕事を休んで行けそうだな」と思い、熊本県のホームページ経由で、被害が大きいと聞いていた八代市のホームページに飛びました。すると、ちょうど更新がされており、9月14日~30日のボランティアの募集が始まっていました。
「ボランティア活動申込フォーム」をクリックすると、各日の募集人数が書かれており、希望日を選んで申し込むカタチになっていました。私は15日からの4日間にチェックを入れ、あとは個人情報を入力することで申込みは完了です。当日の9時~11時の間に集合場所に来てくださいとのことでした。なお、数日後にあらためて申込フォームを見たら、ほとんどの日が申込み完了になっていましたので、早めに決断する必要がありそうです。
ここから大慌てで準備に入ります。
ボランティア保険加入
八代市のホームページにもありましたが、必ず保険に入る必要があります。今年度いっぱい有効な保険で、保険料は500円でした。
飛行機、ホテル、レンタカー予約
直前のため飛行機が厳しめでしたが何とか予約完了。八代市のホテルは少なく、熊本市内のホテルを予約しました。連泊になるため選択肢は少なく、平日なので何とかなりましたが、土日が入ると厳しいかもしれません。後から聞きましたが、ホテルはずいぶんと値上がりしているようで、ビジネスホテルでも1泊1万円以下はありませんでした。それから、現地に行くためのレンタカーも予約をしましたが、これは結構余裕がある感じでした。
作業着や道具の購入
スリッポンタイプの安全靴、厚手の手袋、速乾性の長袖のシャツとズボン、携帯用の洗剤、保冷バックなど。機内に持ち込めるスーツケースがいっぱいになりました。
ボランティア当日
7:20にホテルを出て、コンビニでおにぎりを買って保冷バックに入れます。それから車で1時間30分、ちょうど9時に八代市の集合場所に到着しました。
到着すると既に駐車場はいっぱい。受付前にはたくさんの人がいました。

受付のある体育館に入る前にQRコードを読んで、当日の受付けをします。それから名札シールに日付と名前を書いて、初参加の人はオリエンテーションの動画を観ます。動画では以下の点を注意喚起されました。
〇依頼者に地震当日の話はしない。思い出したくないと思っている人が多いから。
〇写真撮影は基本NG。
〇事前に登録された依頼内容と異なる依頼は断る。
〇一日で終わらなかった場合、翌日に来ることはできず、しばらく待ってもらうことになる。
〇依頼者は自分も手伝おうとするが、優しい言葉でそれを断ること。
〇飲み物などを提供された場合は、断らずにいただくこと。
動画が終わるとマッチングコーナーに移動します。
そこにはホワイトボードがあり、本日の依頼者の「エリア」「名前」「必要人数」などが書かれています。この日は約50件の依頼者の名前があり、司会者が上から順に仕事内容を読み上げ、そこに参加したい人は手を挙げるというカタチでした。
仕事の内容のほとんどは、災害ゴミの搬出と処分場への運搬です。災害ゴミとは倒れたタンスや落ちた瓦や外壁、ブロック塀などです。食器棚から落ちた家電や割れた食器もたくさんありました。
初日はよくわからないまま手を挙げ、メンバーになった4人はマッチングコーナーの横に集まり、役所の方から仕事内容や家の場所を聞きます。リーダー、サブリーダー、運転手を決めるということだったので、私はリーダーになりました。それからゴミ運搬に使う軽自動車の鍵を預り、ガラ袋、スコップ、三輪車、ほうきや塵取りを受け取り、依頼者の元に移動します。4人の場合、軽トラックには2人しか乗れないので、残りの2人は自分の車で移動することになります。
軽トラックのナンバーは西日本の様々な県になっていたので、支援で届いたもののようです。本当に古い車もあり、カーナビが付いていない車がほとんどのため、スマホの地図は必須です。前述の通り、マンホールの隆起や道路状況の悪さから、とにかく乗り心地は悪く、段差でジャンプした時に腰が痛くなったので要注意です。
(道路の状態)
実際の作業
依頼者の家に着くと、どこもすぐに玄関から依頼者が出てきたので、この日を待っていましたという感じが伝わってきました。まずはボランティアセンターから来たことを名札を見せながら伝えて、依頼内容の確認をします。リーダーが中心となり、熱中症対策として15分に1回休憩を取るように言われていましたが、実際には動き出したら止まれないもので、昼まで続けて動いていました。
室内と軽トラックとの往復になるので、脱ぎ履きがしやすい靴が便利ですが、これは想定していたのでワークマンで3000円のスリッポンの安全靴を買っておいて正解でした。
軽トラックに災害ゴミを積み終えると、2人は処分場に移動します。この時、4人以上のチームだと残った人はどうするか?初日はよくわからないまま自家用車で来ている2人も一緒に、4人揃って処分場に行ってしまいましたが、処分場は大混雑していますので、これは迷惑行為でした。残った人はボランティアセンターに戻り待機をしてもらうのが正解です。
(鏡地区の処分場)
処分場では分別してゴミを処分することになります。そのため、軽トラックへのゴミの積み方に注意をするよう言われていましたが、実際には取り出しやすい順にゴミを積むなんて難しく、とにかくたくさん積むことを優先してしまいます。そのため、処分場で時間がかかってしまいますが、これは慣れの問題かと思いました。
昼休みは、作業の進捗次第ですが、依頼者のお宅で取るケースと、ボランティアセンターに戻って取るケースがありました。依頼者宅のトイレが使えないこともありますので、ここは臨機応変に対応することになります。
(ボランティアセンターの休憩室)
一日の活動は、たとえ依頼内容が完了していなかったとしても15:30必着でボランティアセンターに戻らなければいけません。チーム全員揃って、役所の担当者に活動の報告とケガが無いことを伝え、終了になります。ボランティアセンターにはたくさんの飲み物と冷たいタオル、熱中症対策のアメなどが用意されており、4日間、水分補給は満たされていましたので、水筒は持参しなくても大丈夫でした。
ボランティアセンターによって勝手が違うかもしれませんが、災害ボランティアとは概ねこういう感じだと思います。繰り返しますが、依頼内容は本当に難しいものはありませんので、安心して参加できます。
唯一、緊張するのは朝のマッチングのタイミングでしょうか。初めての方は2人チームの作業だと、見ず知らずの人と2人っきりは緊張してしまうと思いますので、4人以上のチームに入ると気持ちが楽だと思います。アドバイスはこの点くらいでしょうか。
(名札シール×4)
横浜に戻って1週間が経ちましたが、災害ボランティアロスになっています。
皆さんにもこの気持ちを味わって欲しいので、ぜひ!
最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
2026年9月 代表取締役 山田 篤




